
未就学児2人を育てながら、おうちでゆるーく働いている在宅ワーカーのわたし。

朝起きて、子どもたちのお世話をして保育園に送ったぞ~!
家事をして、さて仕事をしようかな
…と、その時、ふと思ったんだよね。
「もし、この家事と育児の時間も『労働時間』として換算したら、一体何時間働いていることになるんだろう?」って。
実際に計算してみたら、まあまあ衝撃の事実と「なぜこんなに毎日限界なのか」の答えが見えてきた。
【検証】我が家の家事育児を「仕事時間」に換算してみた
未就学児2人を育てるわたしの1日のスケジュールから、純粋な「家事育児の稼働時間」を弾き出してみた。
1日のタイムスケジュール換算
仕事時間(9:00~16:00)= 7時間/1日(うち休憩1時間)
仕事の合間にする家事時間:2時間/1日
家事・育児時間:
朝(6:00~9:00の3時間)+ 夜(16:00~21:00の5時間)= 8時間/1日
合計家事・育児の労働時間 = 10時間/1日
仕事での労働6時間+家事・育児の労働10時間 = 合算労働時間16時間/1日
ななななんと!!!
わたしは毎日「16時間勤務・休憩まちまち・週休ゼロ」という超過酷なブラック労働をこなしていたという事実が発覚!
それは、疲れてるわけだわ…
なぜ家事・育児は、外での仕事以上に「しんどい」のか
1日10時間という時間数だけでも過酷なんだけど、家事育児には外での仕事とは違う「精神的・体力的な削られ方」があると思う。
タスクがとにかく「煩雑」。脳のマルチタスクが止まらない
ただ部屋を掃除して料理を作るだけじゃない。
- 冷蔵庫の在庫確認からの買い物リスト作成からの献立決め
- 洗濯物洗うからの干すからの畳むからの収納&メンテ
- 子どもの体調管理、通院管理
- 日用品や育児用品のチェック、補充
- 保育園や習い事のスケジュール調整
- 将来の教育や生活の選択
いわゆる「名もなき家事」「名もなき育児」ってやつ。
常に頭をフル回転させて考えなきゃいけない重要タスクが山積みなのさ。
相談相手がいない「孤独感」と「圧倒的な体力消費」
昼間の人間関係は「子ども」のみ。
困ったときや限界を感じたときに、職場の同僚みたいに「ちょっと相談する」相手が近くにいない。
さらに、保育園や習い事の送迎で自転車を何往復も漕ぎ、動いて、喋って、怒って、泣いて、笑って…って情緒がぐらんぐらんに不安定に。体力も精神力も一滴残らず使い果たします。
一番つらいのは「仕事の方が大変」という無理解
これだけの労力を払っているにもかかわらず、パートナーから「外で働いている自分の方が大変だ」「家にいるんだからできるでしょ」という態度をとられること。
低収入在宅ワーカーのわたしにとって、これが何よりいちばん心を折ってくるんだよね。
家はきれいで「あたりまえ」子どもは元気で「あたりまえ」
外での仕事は「給与」や「成果物」として目に見えるけれど、家事育児は「維持されて当たり前(減点方式)」になりがち。
部屋が綺麗なこと、ご飯が出てくること、子どもが何事もなく過ごしていること自体が「誰かの膨大な労働の成果」であるという事実が見えにくいため、やっていない側からは「楽をしている」ように見えてしまう構造的なすれ違いが起きてしまう。
ほしいのは解決策じゃなくて、ちいさな「承認」
毎日の16時間勤務に限界を感じながら、わたしが本当に求めていたのは、高額なプレゼントでも豪華な旅行でもないんです。
ただ、一番近くにいるパパに「この過酷な状況」を理解してもらうこと。
そして、「いつもがんばってるね」「助かってるよ、ありがとう」って、わたしの頑張りを認めてもらうこと。
ほんとうにただそれだけ。
それだけあれば、どんなに疲れていても「よし、また明日もがんばろう」って思えるのに。
思っていることは口に出さなきゃ伝わらない
現状に絶望して嘆いていてもなにも変わらないから、家事育児のタスクと時間を、感情論じゃなくて『数字』で共有するようにしてみよう。
- 「1日10時間動いている」という労働時間の算出をそのままパパに見せてみる
- 自分がやっている「名もなき家事」をリスト化して、可視化する
察してもらうのを待つんじゃなくて、現実的な「数字と事実」として提示することで、少しずつパパの意識を変えていけたらいいかな。

毎日16時間勤務おつかれさま! わたし、めちゃくちゃがんばってて偉すぎるよ!すごいよ!尊い仕事してるよ!
とりあえず、誰も言ってくれないから自分で言いました。
ではまたね!


