
公文の宿題騒動を経て、「子どもへの無理強いはやめよう」と心に決めたわたし。
オンライン英会話のスタートも一旦様子見にし、「これ以上家庭学習の負担を増やすのは厳しいな」と感じていた。
しかし、我が家にはもう一つ、避けては通れない大きな壁が存在していた。
「習い事に対する夫婦の考え方の決定的な違い」
育ってきた、環境が、違うからぁ~、「考え方の違い」は否めないぃ~♪
んだけど、これ、本当に大変なのよ。
今回は、習い事を巡るパパとわたしの真っ向勝負と、共働き家庭における「教育観のすり合わせ」について書いてみたい。
激突!「週5でやらせたいパパ」VS「現状維持のママ」
パパとわたしの習い事に対するスタンスは、驚くほど真逆。
習い事の数

パパ:週5で習い事を入れさせたい!

ママ:これ以上増やしたくない!(現状でもいっぱいいっぱい)
【公文(くもん)】

パパ:自分が経験していないから懐疑的

ママ:本人が楽しく通えているなら続けていい。くもんには「開室時間なら何時に来てもいい」という時間の縛りがゆるいので、親としては通わせやすい習い事だと思っている。
そろばん・習字

パパ:平日数回そろばんに行ってほしい! 習字も習ってほしい!

ママ:平日に何回も行くなら今の習い事の見直しが必要。習字は無理にやらなくてもいい。(いまのスケジュールに新しい習い事足せるわけないじゃん)
スケジュールと曜日

パパ:習い事は平日にやってほしい。可能なら土日もどちらかもやっていいんじゃない?

ママ:平日は送迎もメンタルケアも限界! やらせたいなら土日にパパが体験に連れて行って!土日なら送迎もお願いね。
パパの主張を聞くたび、わたしの頭には疑問と怒りが湧き上がってくる。
「平日の送迎パズルを組み立てて、泣く子をなだめて、帰宅後の過密スケジュールを物理的・精神的にケアしているのは誰だと思ってるの!?」
現場の負担を一切担えないのに「あれもやらせたい」「平日やってほしい」と言うパパ。
最後には「俺は平日見られるわけじゃないから、ママの言う通りにするよ」と吐き捨てるように言うのだが…
それって完全に「現状に不満がある」という遠回しなメッセージですよね?
そもそも「やらせる」ってなに? 根本的な教育観のズレ
パパとの話し合いの中で一番モヤモヤしたのは、パパが使う「やらせる」という言葉だ。
パパは「将来のために、若いうちにたくさんのスキルを身につけさせるべきだ」という発想。
一方のわたしは、極論を言えば「子どもが元気で笑顔なら、習い事なんて本来何もやっていなくてもいい」と思っている。
ただ、学校の授業についていけなくなったら本人が一番困るから、そのサポートとして習い事を利用しているだけなのだ。
「子ども自身がやりたいか」「今の子どものキャパシティに合っているか」を一番に考えるわたしと、「将来のスキル獲得」を優先して枠を埋めたがるパパ。
しかし、習い事に対する前提の思想がそもそも違うのだから、いくら話し合っても、どんなにすり合わせても、結局はどちらかの「妥協」にしかならない。
お互いの納得の上、って、非常に難しい。
心理学で見る「夫婦の教育観バッティング」の正体
なぜここまで夫婦で習い事に対する考え方がズレてしまうのだろうか?
これには、心理学における「教育観(プロセスマインドセット vs スキルマインドセット)」の違いが影響している。
「スキル獲得志向(パパに多いタイプ)」
習い事を「将来の選択肢を増やすための投資」と捉える。時間がある小1のうちに習字・そろばん・英語などの「能力(スキル)」を装備させることが親の愛だと考える。
「キャパシティ・安全基地志向(ママに多いタイプ)」
子どもの「現在のメンタル」「体力」「安心感」を最優先にする。新しい環境(小1)に順応するだけで脳のエネルギー(ウィルパワー)を消耗していることを知っているため、過密スケジュールによるパンクを最も警戒する。
どちらも「子どものため」を思っている点では共通しているのだが、「現在のメンタル」を見ているか「未来のスキル」を見ているかで、主張が真反対になってしまう。

どちらも「子どもを愛している」からこそ起こる主張合戦なのね
「妥協」で終わらせないための夫婦のすり合わせルール
「やらせたい側」がオペレーション(送迎・付き添い)を担当する
「平日にそろばんに行ってほしい」と言うなら、平日の送迎や宿題の管理まで口を出した側がコミットするのが原則にしたいところ。
「口は出すけど手は出さない」は現場の崩壊を招く。
「増やす」のではなく「入れ替える(トレードオフ)」
子どもの1週間の体力と時間は有限。「新しいものを増やすなら、今あるどれかをやめる」という引き算の思考も取り入れることが必要かも。
「主語」を子どもに戻す
「親がやらせたいか」ではなく、「あーちゃんがやりたがっているか」「笑顔で通えているか」を唯一の判断基準にする。
「我が家なりのペース」を守り抜く覚悟
結局、夫婦で100%意見が一致することなんてないのかもしれない。
けれど、物理的にも精神的にも毎日あーちゃんの隣にいて、彼女の汗や涙や疲れを直接受け止めているのはわたしだ。
だからこそ、パパの理想に流されて我が子をオーバーパンクさせるわけにはいかない。
「学校に行って、元気に帰ってきて、家で笑って過ごせること」

これ以上に優先すべき習い事なんて、世の中にひとつもないと、わたしは思うのさ
これからもパパとは喧嘩したりすり合わせたりを繰り返していくのだろうけれど、わたしはあーちゃんの笑顔と平穏な日常を守るために、我が家の「現場監督」としてどっしり構えていこうと思う次第です。



