
この前保育園のママさんと話していたら、こんなことを言っていた。

今週末から海外出張でさ、子どもの預け先もないしどうしようと思って、関西の実家のお母さんに手伝いにきてもらうことになったんだー

えっ、海外出張…?育児のために関西から実母召喚…?…すごい、これがバリキャリ?わたしでは考えられない…!
なんだか無駄にいろいろ考えてひとりでドキドキしてしまった。
「同じように子どもを育てているのに、どうしてあの人はそんなパワフルに回せているんだろう?」
そのバイタリティを見習いたいしまねしたい(できないけど)。
人によっては、自分と比較して落ち込んじゃうこともあるかもね。
でも、少し冷静になって考えてみると、ある大切な事実に気づく。
パワフルに輝いて見えるあの人も、実は「一人で」回しているわけじゃないかも?
よく考えると、「フルタイムで完璧に両立しているように見えるママ」について、仕事内容も、生活環境も、性格も…何ひとつ詳しく知らないんだよね。
もしかしたら、その背景には「両立を可能にする要素」が隠されているのかもしれない。
- 頼れる身内が近くにいる(実家が近所・同居で、送り迎えや夕食のサポートがある)
- パートナーとの完全な二人三脚(夫の仕事に融通が利き、家事育児を折半している)
- 「育児の戦友」がいる(頼れるママ友同士で子どもを預け合える関係がある)
- 外部サービスの活用(病児保育、家事代行、ベビーシッター、食洗機やロボット掃除機などの投資)
- いい意味での「大らかさ」(部屋が多少荒れていても、夕飯が毎日お惣菜や外食でも気にしない性格)
このように分解してみると、「その人一人の人間性能が超人だからできている」わけではなくて、「育児に参加する人手や外部の仕組み(スキーム)が整っているから回っている」というケースがとても多い。
「隣の芝生は青い」ってやつ
人は「他人の見えている部分(キラキラした表面)」と「自分の見えない悩みや苦労(泥臭い裏側)」を無意識に比較してしまいがち。
フルタイムで輝いて見えるあの人も、見えないところで必死に外部サービスを手配していたり、実家に甘えたり、どこかで何かを割り切ったりしながら乗り切っているのかもしれない。
「すごい」のは、働き方ではなく「サポートの量」
「フルタイム勤務=無理ゲー」と感じてしまう本当の原因は、働き方そのものというよりも、「自分一人で抱え込んでいる負担の重さ」にあるのかも。
もし「わたしももう少し働き方を広げたい」「今の限界状態を打破したい」と感じているなら、ワンオペで気合と根性で乗り切ろうとするんじゃなくて、「周囲の環境づくり」に目を向けてみることが大切。
「育児に参加する人数」を増やす
夫婦二人だけで回そうとしないで、使えるものは何でも使ってみる。実家や義実家はもちろん、病児保育、ファミサポ、一時保育、家事代行など、「ママ以外の育児プレイヤー」を一人でも多く確保する。
一番身近なパートナーとの「意識共有」
「言わなくても分かってほしい」は捨てて、「我が家の優先順位」を夫婦で徹底的に話し合う。「どこまでを外注し、どこを妥協するか」の目線が合っているだけで、精神的な負担は格段に減るだろうね。
「お金のかけどころ」を決める
疲弊して笑顔が消えるくらいなら、便利家電やシッター、お惣菜頼みの生活にお金をかけるのは立派な投資。楽をするための費用を悪だと思わないマインドを持ちましょう。
諦めるライン(完璧主義の手放し)を決める
「平日の部屋掃除は週末までしない」「夕飯は一汁一菜でOK」など、自分の中での妥協ラインを低く設定することも、立派な生き残り戦略。
どんな働き方でも、子どもと笑い合えたらそれで100点!
こうして考えてみると、「フルタイムだからすごい」「時短やパートだから余裕がある」なんて単純な話じゃないんだって分かる。
専業主婦、パート、自営業、時短勤務、フルタイム……世の中にはいろいろな立ち位置のママ・パパがいる。どんな働き方を選んでいても、それぞれに違った大変さがあり、違った葛藤を抱えているんだと思う。
他人の表面的な状況と自分を比べて「わたしって…」ってもやもやしちゃうこともあると思う。

大切なのは「わたし自身とわたしの家族が楽しく生活すること」!
自分や家族が一番心地よく笑顔でいられるバランスを模索しながら、話し合いながら作っていくことが一番大切なんだ。
子どもと一緒にいる時に笑い合えたなら、どんな働き方をしていても、どんな手抜きをしていても「大優勝」なんだ!
他人の芝生の青さに惑わされず、自分たちのペースで心地よい暮らしを作っていきたいものです。
ではまた!


